2024年2月22日木曜日

石川県での震災復旧支援セヴァ5-3(七尾市)

OM SRI SAI RAM

昨日の投稿に引き続き、2月4日(日)七尾市にある避難所の田鶴浜高校で行なわれた、セヴァのご報告をいたします。

セヴァに参加した、サイ大学の卒業生で学位取得のために来日している学生さんたちからの体験報告の第二弾です。

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2024年1月1日に発生した地震以来、能登半島では、まだ多くの被害が回復していません。被災された多くの方々が、いまだ避難所で暮らしていらっしゃいます。電気や水道といった基本設備はまだ、ほとんどの人に普及してはいません。
(注記:2月21日現在、石川県内の停電戸数は約1200戸(七尾市内は約10戸)、断水状況は2月20日現在、七尾市内では約4割の7726世帯が断水中)

2月4日の日曜日、サティヤ サイ オーガニゼーション ジャパンのメンバーと何名かのサイの学生が、七尾市の避難所で生活されている方々のためにお食事を用意する、ナーラーヤナ セヴァに参加しました。食事をお届けする避難所には、33名ほどの避難されている高齢者の方々が生活されていました。お食事はその方々の食生活を考慮して、準備しました。朝9時近くから調理作業を開始して、午後1時には準備を終え、それから車で七尾の避難所に向かいました。

個人的に思うことは、私たちがしたことは、助けの必要な方々を助けることだということです。この災害が引き起こした死と惨状を知っているからこそ、私たちはできることをしようとしたのです。私たちのほとんどが、この震災で大きな被害を受けた方々のために、心の中で祈りながらこのセヴァ(奉仕活動)に取り組んでいたのだと確信しています。震災からこの1ヶ月間、誰もが元日のショックの余波を強く受けていました。

被災した家や道路を通り過ぎて避難所へと車を走らせると、私は震災の日の煮えたぎるような恐怖を再び感じました。主にご高齢の住民の方々は地面や家、庭など、どこにいても、これまでに感じたことのない揺れを感じたとき、恐怖を感じたに違いありません。しかし過ぎていく光景を眺めていると、そこには静寂だけが残されていました。2月4日はスワミの恩寵で晴天に恵まれました。私は、人々が自分で修理を行い、できる限りのことをして生活していらっしゃるところを見ました。

たくさんの家の窓にはビニールシートが張られていました。傾いている家もありました。地面に瓦礫が散乱している古い家も見ました。道路や歩道は、あちこちがひび割れていました。被害は甚大で、復興しなければならないものがたくさんあります。避難所に着くと、そこで働いている方たちが出迎えてくれ、その避難所と、まだ100人以上の方たちがいらっしゃるという、近くの避難所の現状を教えてくださいました。

この避難所はコミュニティーホールで、大ホール(注記:体育館)そのものが寮のようになっており、段ボールで仕切られ、一時滞在をする方々のプライバシーが確保されていました。最高齢は97歳のおばあさんでした。避難所も含め、この地域にはまだ水道が通っていませんでした。また、建物内で調理する設備もないため、食料はいつも避難所まで運ばれていました。私たちは見聞きしたものにより、自分たちができることを精一杯やって、助けられる方たちを助けよう、という気持ちを強めました。

短い挨拶とお礼の後、私たちは建物を出て、次のセヴァの計画を話し合い、そして出発しました。

このような苦難の時こそ、愛がどれほど大きな力になるかを思い出す必要があります。もちろん、私たちは思うように貢献できないかもしれません。しかし愛があれば、それが祈りであれ、救援物資を送ることであれ、単に応援メッセージを送ることであれ、人は失われたものを復興するために続いていく努力に対して、自分なりの方法で貢献することができるのです。正直なところ、私は自分のしたことに満足していません。しかし、他に何ができるでしょうか? だから、私は祈ります。私たちの愛するバガヴァン(尊神)のマヒマ(奇跡)をお祈りいたします。バガヴァンが私のためにここにいてくださったように、こうした困難な時にバガヴァンを必要とするすべての人のために、そこにいてくださいますように、お祈りいたします。

ジェイ サイ ラム

Narayan Seva: February 4th 2024, Sunday

Since the earthquake on January 1st, 2024, there is still much damage from which the Noto peninsula has yet to recover. Many people who were affected by it are still living in shelters. Basic facilities such as electricity and running water are still not widely available for most people.

On Sunday, February 4th, members of the Sathya Sai Organization Japan as well as a few Sai Students were part of a Narayan Seva to prepare food for some of the people living in a shelter in Nanao City. The shelter where the food was to be delivered housed around thirty three displaced elderly. Food was prepared keeping their diet in mind. We started the endeavor close to nine o’clock in the morning and finished preparations by one o'clock in the afternoon. Then, we drove to the location of the shelter in Nanao. 

Personally speaking, I knew that what we were doing was to help people, people who were in need of help. I knew that there was death and devastation that this disaster had caused and we were trying to do what we could to help. I am sure that most of us were praying in our minds as we went about the whole event for the people this disaster had affected so much. This entire month since the earthquake, everyone has been keenly aware of the aftermath of New Year’s Day shock. 

For me, as we drove to the shelter past damaged houses and roads I felt simmering fear from the day of the earthquake again. I felt the terror there must have been when the residents- mostly older people- felt the ground, their houses, their gardens, wherever they were, shake as they had never felt before. But as I looked at the passing scenes, there was only the silence that was left behind. February 4th was a sunny day by Swami's grace. I saw people going about  fixing what they could and just living as best that they could manage. 

Many houses had plastic tarpaulins for windows. Some houses were bent askew. I saw one very old house in rubbles on the ground. Cracks in the road and pavements were littered all over the place. The damage is done and there is much to rebuild. Once we reached the shelter, we were greeted by the people working there and they gave us a rundown of the status quo in the shelter there as well as the nearby shelter where a larger number of people- over a hundred- were still living. 

This shelter was a community hall where the main hall itself had been turned into a dormitory of sorts with cardboard partitioned-spaces for privacy of the temporary residents. The oldest resident here was an elderly lady of ninety-seven years of age. This area, including the shelter, still did not have access to running water. They also did not have facilities to cook within the building so food was always brought to the shelter. What we saw and heard, only made us feel more determined to do the best of what we could to help those we could.

After the short greetings and thanks, we left the building and discussed plans for the next seva. Then, we left.

It is in times of hardship such as these when we need to remember how much love can go a long way. Of course, we may not be able to contribute to the cause as we wish to; more actively as I am sure many do. Yet, with love, be it in prayers or sending relief supplies or simply messages of support, one can contribute in their own way to the ongoing efforts to rebuild what was lost. Honestly, I am not satisfied with what I have done on my part to help. Yet, what else can I do? So, I pray. I pray for the mahima of our beloved Bhagwan because even if I cannot help, he can. As he has been here for me, I pray that he will be there for all who needs him in such trying times.

Jai Sai Ram.

サティヤ サイババの御言葉です。
『「カルナ」(慈悲)とは何でしょう? 苦悩している人を見て言葉で同情を表すことが慈悲なのではありません。慈悲は、苦悩を軽減する行動によって、表さなくてはなりません。人は誰もが己の愚かさゆえに苦しんでいる、ということを口実に、よそよそしい態度を取ったり、無関心であったりすべきではありません。人が苦しんでいるのは、本人の過ちのゆえかもしれませんが、誰でも過ちは犯しがちです。私たちは、自分の苦しみを取り除こうとするのと同じように、皆の苦しみを癒す方法を探すべきです』
https://www.sathyasai.or.jp/mikotoba/pdf/SelflessSeva2014.pdf
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2024年2月21日水曜日

石川県での震災復旧支援セヴァ5-2(七尾市)

OM SRI SAI RAM

令和6年能登半島地震により被災された皆さま、ご家族、ご関係者の皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

前回のメルマガでは、2月4日(日)七尾市にある避難所の田鶴浜高校で行なわれた、手作りのお食事を提供するセヴァのご報告をいたしました。
※写真付きの上記報告は、こちらから読むことができます。

今回は同じセヴァに参加した、サイ大学の卒業生で学位取得のために来日している学生さんたちからの体験報告を二回に分けてお送りいたします。

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サイラム
2月4日のセヴァ活動に参加できて、私は本当に幸せに思います。
ご高齢の方々のためにお食事の調理をすることは、大変良い考えです。すべてのことが安定するまで(セヴァを)続けられるとよいと思います。
また、ご高齢の方々の健康のために、タンパク質を多く含む他の和食の献立も試すことができます。皆さんが食べやすく、保存のきくお食事に重点を置いて試してみるのもいいと思います。
サイラム

Sairam, I am indeed blessed to have been a part of the Seva activity that occurred yesterday. Cooking food for the old people is a very good idea. I hope we could continue to do it until everything becomes stable. Also, we can try other Japanese recipes with high protein content as it will be healthy for the old people. We can also try to focus on food items that are easily edible and storable by them.

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2月4日に行った、お食事を作るというアイデアと、毎週末にお食事を作ろうということは、とても素敵なことです。
スワミの祝福のもと、これからも続けていきたいと思います。
インドカレーを作ることについては、インドカレーは香辛料が効いているので、日本のご高齢の方々には違った味になってしまうと思います。ですから、ご高齢の方々が好きな日本のカレーを作って、スワミのプラサーダム(供物)を楽しんでいただいた方がよいと思います。

Yesterday the concept of making food and trying to do it on every weekend is so nice. Hope we continue to do so with swami's blessings. Regarding making Indian curry I think Indian curry will be spice and different taste for old Japanese people. If they don't like then it is waste of food. So it is better to make Japanese curry which they like and enjoy swami's prasadam.

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先週の日曜日は、セヴァで素晴らしい経験をしました。
1月1日に私たちが災害に遭った後は、生活を復興し、いつもの生活に戻していくことが大切です。
私たちが行った避難所でのセヴァでは、こうした困難な時に支援を必要としている、たくさんのご高齢の方々がいらっしゃいました。
私たちが避難所のセヴァを行うのは1週間に1日だけですが、このような精神的なサポートを行うことが重要です。
金沢サイセンターのメンバーは、避難所の方々に適した食材を慎重に決めました。今後もこうした支援を続け、人々を元気づけ、幸せにしていきたいです。私たちはまた、新しいお食事を用意して、避難所に心地よい環境を作ることもできるでしょう。

I had a nice experience in the seva on last Sunday. After a calamity that we faced on Jan 1, it is important to rebuild and restart our lives back to normal. The seva in evacuation centre we conducted has many elder people who need support in such difficult time. Though we provide seva only one day in a week, it is important to provide them such moral support. Members of kanazawa sai centre carefully decided the food items that are suitable for the people in evacuation centre. I hope that in future also we continue to provide such support to cheer the people and make them happy. Perhaps we can also try preparing new food items and create a pleasant environment in the evacuation centre.

サティヤ サイババの御言葉です。
『サティヤ サイ セヴァ オーガニゼーションは、愛の上に築かれます。愛の上で育ちます。愛を広げます。そこに愛以外の情動や態度が入り込む場はありません。
神性は磁石です。人間性は鉄です。愛はそれらをくっつける力です。ナラ〔人〕は鉄です。ナーラーヤナ〔神〕は磁石です。愛は二つを一つに引き寄せる力です。人を苦しめるアシャーンティ(平安の欠如)は消え去るべきです。人はプラシャーンティ(深く根ざした内なる平安)を獲得すべきです。これこそが、私が始めた組織の目的です。
正直でいること、愛すること、活動的であること、そして、真実と愛と他者への奉仕の手本でいることによって、私に奉仕しなさい。つまり、あなた自身に奉仕しなさい』
https://sathyasai.jp/discourses/discourses/d_19681001.html
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2024年2月12日月曜日

石川県での震災復旧支援セヴァ5(七尾市)

OM SRI SAI RAM

令和6年能登半島地震により被災された皆さま、ご家族、ご関係者の皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

2月4日(日)の災害支援セヴァについて、金沢グループからご報告させていただきます。

七尾市にある避難所の田鶴浜高校に、今回初めてお食事をお持ちしました。
避難所での火を使った調理はできないため、できるだけ近い所で調理できる所がないか探したところ、宝達志水町民センター「アステラス」が普段は土日祝日休館なのですが、使用理由と団体名を伝えたところ、日曜日だったのですが、使用許可が下りました。
<ベジタリアンのメニュー> 50人分
・のり巻き(きゅうり・おしんこ)
・いなり寿司
・ポテトサラダ
・めった汁(具だくさんの野菜が入ったお味噌汁)
14:15頃に田鶴浜高校に着き、無事にお渡しする事ができました。

避難されている方は、家の片付けなどに戻られたりしていて、お会いできなかったのですが、対応してくださった市の職員の方も喜んでくださいました。
現地で火を使用できないことを事前の調査で知っていましたので、温かいままお届けしたく、できるだけ被災地に近い所から運ぶことを今回検討させていただきました。

次回もお弁当持ち込みのお約束をさせていただきましたので、2月10日(土)同じ時間・場所で調理し、田鶴浜高校ヘ行かせて頂く予定でいます。

以下は金沢グループのメンバーで、富山県から今回のセヴァに参加した方からの報告です。

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国の名勝に指定され、多くの観光客も訪れる石川県輪島市の「白米(しろよね)千枚田」の美しい風景が北陸銀行の2024年のカレンダー。年末に北陸銀行で能登・輪島市の白米千枚田の美しい景色のカレンダーをもらった時、「来年は輪島観光に行きたい!」と思った。まさかその数日後、そのカレンダーの美しい場所が震源地となる、震度7という残酷な地震が起こるとは予想だにしなかった。しかし「輪島の朝市」という文字が脳裏に浮んでなかなか頭から消えないのが自分でも変な感じがしていた。

昨年12月30日、私の所に遊びに来たサイの兄妹姉妹に「お正月休みに能登に行かない?」と誘う言葉が私の口まで出かけた直前、「STOP」と内から大きな促しがあり、言うのを止めた。あの時、STOPという促しがなければ、1月1日に私達は能登に観光に行っていた可能性は大いにある。
楽しいはずの能登里山街道、なぎさドライブウェイの千里浜、金沢方面から能登に向かう道路は日本海を眼下に見ながら能登に暮らすおじいちゃん、おばあちゃん、ご両親、兄妹姉妹、友達に会うため、癒しのお正月を過ごすため、大勢が車でこの街道を能登に向かい、1月1日でそのまま、もう戻って来れなくなった。

2月4日(日)
金沢グループ サットサング16名で羽咋郡宝達志水町門前にあるアステラスという施設で調理をし、そこから36キロ奥の七尾市の避難所の1つ田鶴浜高校に15名で訪問。
皆で作った海苔巻、いなり寿司、汁物等を届けた。

蛇口から1滴の水も出ない現状がつらく、「ちょうど今日からダンボールでプライバシー空間ができました。心をお寄せ頂きありがとうございます!」と仰る避難所に避難しながら市役所に働きに行っておられる女性の気丈さに感心した。
「心を寄せて頂きありがとうございます...」 と何度もその女性が私達に仰って、「心を寄せる」これはセヴァの基本であると肝に命じた。

33名の避難者が田鶴浜高校におられると「名古屋市」とプリントされたゼッケンを付けているスタッフの人から聴いた。
ダンボールの仕切りの空間が並んでいる体育館、海が近いにもかかわらず1滴の水も出ない蛇口にショックを受け、為す術もない自分の不甲斐なさ。

避難所を後に、田鶴浜ICから能登里山街道を金沢グループは4台の車を走らせ、金沢方面に戻った。我々が金沢へ戻る道、反対車線に目を向けると、年末から元旦に能登に向かって里山街道を通って行ったであろう被災し命を落された人々の、特に幼い子供さん達を思うと、これから未来があったはずの人生が無念で悔しく、ずっとただ悲しく、(スワミ、どうして。。。なんで、スワミ)という想いが込み上げて、涙が溢れてきたが、同じ車に乗っていたSai姉妹(アナンタプール校の卒業生達)は、働き疲れて眠っていた。

1月に富山県の避難所に訪問した時は、私ひとりだった。避難所の帰り道は波動が重く、あと1キロで自宅にたどり着く地点で身体が疲れて動けなくなり、コンビニで休んでから帰宅できたという事が、2度ほどあったが、2月4日はサイファミリーと共に行動したせいか、波動が軽くスムーズに帰れた。
サットサングの良さは、波動の軽さであると実感した。
被災地の波動はまだまだ重く感じられ、「みんな幸せになりますように」と祈らずにはいられなかった。

ジェイ サイラム

サティヤ サイババの御言葉です。
『丈夫で力のある人は、弱く無力な人を守るべきです。だれか困っている人を見かけたら、その人に思いやりを示し、涙をぬぐってあげるよう努めなさい。これが真の慈愛です。このような慈愛は正義です。それは愛です。私たちが自分の愛を拡大したとき、全世界に幸福をもたらすことができます。ですから、愛を育みなさい。もし貧しい人や病人、困っている人に出会ったら、何であれあなたができる援助を施しなさい。あなたがそのような人々に助けを差し伸べるとき、神は神の愛をあなたに降り注ぐでしょう。神はすべての人間の内に、愛という姿で存在しています。この愛を無駄 にしたり誤用したりすべきではありません。今日、私たちは勝手気ままにあらゆるものに愛を示しています。好ましくないものを愛することによって、私たちは誤った道をたどり、惨めな状況に陥ります』
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2024年2月5日月曜日

石川県での震災復旧支援セヴァ4(七尾市)

OM SRI SAI RAM

令和6年能登半島地震により被災された皆さま、ご家族、ご関係者の皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

1月28日(日)に金沢グループ メンバーが行った、七尾市避難所での震災復旧支援セヴァについて、ご報告いたします。

・前回1月21日(日)のセヴァで、支援物資が切迫していた田鶴浜高校と石崎小学校どちらの避難所でも物資が十分に届き始めていました。

・石崎小学校はコロナクラスターが発生しており、現在5名程度の方が残られているが早急に行き先を手配し、1月31日で避難所が解散となる。今後は、支援物資の集荷場となり地域の方と協力して、支援物資を取りに来れない方への配達のみに変更する。そのため、今回SSIOJ奉仕チームで用意してきた支援物資をご希望数お渡ししてきました。
※奉仕チームで購入した支援物資は、皆様からの寄付金を活用させていただいています。

・田鶴浜高校の避難所は徐々に人数は減っているが、二次避難所やご自宅に戻る等の行き先が決まらない方がまだ35名程度生活されている。2月からは炊き出しの予定が決まっていない。
そのため、今回持参したレトルトの梅粥、コーンポタージュ、具だくさんのレトルトカレー 他等の支援物資をお渡しし、私たちとしては、1食でも温かいお食事を提供できればと思い、大変急ではありますが、2月4日(日)に田鶴浜高校の避難者の方へ栄養たっぷりのベジタリアンメニューを用意して、お届けさせていただくこととなりました。

今回配布した支援物資の詳細は、こちらから確認できます。
※配布先ごとに参照シートが2つに分かれています。

以下は石崎小学校でのセヴァ報告です。

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1月28日(日)にインドのサイ大学学生3名と金沢グループ メンバーの5名で、七尾市の石崎小学校に、奉仕チームよりお送りしていただいた支援物資をお届けさせていただきました。

朝5時30分に出発し、のと里山街道を経由し8時に石崎小学校の避難所に到着しました。
七尾市へ向かう道路状況は、一般道路では先週まで通行止めであった場所が通行可能になっている箇所も見受けられ、少しずつ復旧作業が進んでいることを実感しました。

石崎小学校に到着し支援物資を搬入する為、避難所になっている体育館の扉を開けた時、数名の方々が撤収作業をされていた事に少し驚きました。先週時点では約50名近く避難されていた方々が5名ほどになっていました。避難所を運営管理されていた七尾市議会議員の瀬戸さんからお話をお伺いすると、避難所がコロナのクラスターとなり急遽1月31日で避難所を閉鎖するとの事でした。
避難されていた方々は、水の出ない自宅に戻られる方がほとんどで、あとは賃貸住宅に移られる方もおられるとのことでした。今後は、民生委員を中心とした地域の方々で、物資を取りに来ることが出来ない高齢者の方を中心に支援していくそうです。
瀬戸さんからは、「今までのSSIOJの皆様からのご支援を心から感謝します。本当に助かりました」と私たちの手を握りしめ話してくださり、これからは地域のみんなで協力して復興を目指すと力強く仰っていました。
必要な時はいつでも駆けつけますとお伝えし、避難所をあとにしました。

被災者の方々の心に平安が訪れますように、お祈りいたします。

ジェイ サイラム
金沢グループ

サティヤ サイババの御言葉です。
『私はセヴァ(奉仕)をサミティの最も重要な活動と見なしています。というのは、セヴァは最高の霊性修行だからです。損か得か、賛成か反対か、このやり方かあのやり方かといった議論に巻き込まれてはなりません。それらは間違った学識や歪んだ学識がもたらすものです。愛は理屈を無視します。セヴァは三段論法を尊びません。あなたが培うよう求められている愛を流れさせるために、愛を通して作られた規則を守る努力をしなさい。私はこのことを頻繁に言っているので、あなた方は皆、すでに私の気持ちを知っているでしょう。一日を愛で始めなさい。一日を愛で過ごしなさい。一日を愛で満たしなさい。一日を愛で終えなさい。これが神への道です』
サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ
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