2018年3月6日火曜日

九州北部豪雨による被災地セヴァ 3

OM SRI SAI RAM

昨年発生しました、九州北部豪雨により被災された皆さま、
ご家族、ご関係者の皆さまに、謹んでお見舞い申し上げます。

奉仕部では、昨年9月10日(日)に3回目の被災地復興セヴァを行ってきました。


本日は、昨年の福岡グループ23周年記念祭で Sis から発表された、九州北部豪雨による被災地セヴァのご報告をいたします。

オーム サイラム

(昨年)75日~6日の大雨による災害から二ヶ月が経過した910日(日)に福岡グループ世話人、奉仕部の方、わたくしの3名で、社会福祉協議会主催の朝倉市災害ボランティア活動に参加して参りました。 

世話人さんの運転する車で朝倉まで行き、朝倉市災害ボランティアセンターで手続きをし、指示を受け、タオル、マスク、飲み物、アメ等の支給品を受け取りました。(これらの支給品はすべて全国からの寄付だそうです)

35名集まると1つの送迎バスに乗り、ボランティア参加者を振り分けてマッチングしてくれた指定の被災場所まで15分程かけて移動しました。
山に向かって行く車中から見た集落の様子は、道路に面して見える家の半分くらいが全壊、半倒壊で、新築、古い家、日本家屋、近代的な建物、高台、山沿い関わらず被害を受けていました。
私たちの行った集落は22世帯中、15世帯が被災されたとのことでした。

実際の様子を目で見ると、報道で見て想像していた以上に様々なことが一度に起きて大変な状況だったことに驚くとともに、報道では伝えきれない災害の生々しさ、荒々しさが二ヶ月経過しているとはいえ、いまだ至る所に残っていました。

お手伝いさせていただいた家は昔ながらの日本家屋で、すでに屋内は床板が外され、床下の土砂は撤去されて、消毒、乾燥させている状態でした。屋内の作業は、重機を入れることができないので、だいたい一部屋の床下の泥を撤去するのに大人15名くらいで1日がかりだと言うことでした。(きれいになった玄関の壁には腰の高さくらいまでの土砂が積もったシミがついていました。)

実際の作業は、屋外、庭の土砂の撤去でした。既に重機で片側に1m 30cmくらいの高さに寄せられた庭の土砂をスコップでネコ車、いわゆる一輪車に乗せて運んで土砂を捨てに行くことの繰り返しでした。土砂を運搬するネコ車の扱いも始めてでしたが、12回もやればすぐに慣れる誰でもできる作業でした。 
撤去する土砂は、粘土質がかなり混ざっており、この粘土質の土にあたると下水のような臭いがし、とても臭かったです。また水分を多く含んでいる為、ずっしり重く運ぶのも重かったです。
これらが鉄砲水とともに一瞬で窓をぶち破り家に入ってきたようでした。

休憩時間に作業している家の裏山を見上げると、真裏の高台の家がゴロンと横倒しになっていて、いつ土砂崩れとともにこの家に落ちて来てもおかしくない状態に、改めて今回の災害の大きさを肌で感じました。 

私たちSSIOJ3名以外、お互い名前も知らない25名くらいの班でしたが、全員、作業現場に着くと、すぐに作業にとりかかり熱が入って顔をまっ赤にし、全身流れる汗でびっしょりになりながらも限られた時間の中でできる限りの泥を少しでもかき出そうとしていました。リーダーが「休憩タイム、休んで下さい。」と言わない限り、誰も手を休めません。本当に、ひたすら一心集中で作業に没頭していました。 

そして、あっという間に時間が過ぎ、まだ、作業に物足りなさが残るくらいのところで、作業終了の時間となりました。

帰りのバスの集合場所へ行くと、村長さんや集落の人々が見送りの為に待っていて下さり、家主さんからは、冷たく冷やした麦茶やおしぼりをいただきました。村長さんや家主さんからは、本当に心からありがとうと涙ながらの謝意をいただき、疲れて表情がなくなっていた皆の顔が急に笑顔になり、帰りのバスの中では違う班の人達とも打ち解け話しが弾みました。

SSIOJからは三名でしたが、ボランティアに参加した全員、家主さん、集落の人々、主催しサポートしてくださった社会福祉協議会のみなさん、ボランティアをサポートするサポーターや様々なNPOのスタッフのみんなの思いと行動が一体になっての活動となりました。

家に帰り、ババ様の御言葉の中に『一体性のあるところに純粋さが存在するでしょう。純粋さのあるところに、神性が存在するでしょう』と書かれた箇所が心にとまり、あぁ、今回のセヴァはまさにこんな感じだったのかな? と思いました。

(昨年)10月上旬、朝倉の隣り街のうきは市の人から話を聞く機会がありました。そこで、106日から朝倉のボランティア活動が登録制で週末(土・日)だけになったことから、もう一段落ついたのですか? 人手はもう以前のように必要なくなったのでしょうか?」とお聞きしたところ、「いや、全然、そういう訳じゃないんだよ。まだまだ山の奥の方の集落ではまったく手つかずで孤立している所がいくつか残っているし、集落全体がもう諦めてしまっているという言葉がでてる所もあるんだよ。そういった地区では災害後、既に56回、雨が降っており、その度に地形が変わってしまって・・・道もなくなり、田んぼや畑のあった形跡さえなくなってしまい、川と橋があった場所も土砂にうまってる。もうどうして良いのかまったくわからない。高台に避難し難を逃れ仮設住宅に移動したが、田畑、職場も被災しているから、平日はそこから仕事も探しに行かなくてはいけない。家も見にいかなければならない・・・もう、この集落の存続は不可能だ・・・廃村、という諦めの言葉が出ているのが現状です。まだまだ、復興にはボランティアによる支援が必要なんです。」とその方は言われていました。
そのお話のとおり1013日の新聞報道に、最後まで手つかずだった黒川疣目(いぼめ)地区に片側仮設道路が三ヶ月経ってやっと開通し、復興が始まったと朗報が書かれていました。またここに住まわれている高齢の方が「ここは15世帯中、10世帯が濁流に流された。もう集落には誰も住んでいないしここに戻るかどうかは分からない。」とも書いてありました。 

このような現状なので、ボランティアによる支援はまだまだ必要とされています。 

また、このセヴァに参加して考えさせられたことの1つとして災害の原因でした。

気象庁も予測できなかった線上降水帯という気象条件もありますが、台風でもないのに、このような甚大な災害、被害が起きたこと。

日本は先進国でダムも川の治水も、砂防堤、山の危険性のあるところは「ようへき」「のりわく工」などあらゆる工事がなされ維持されているのになぜ、こうも度々このように尊い人命を失うような大災害になるのか? 全くわかりませんでした。そして、その最大の原因がたくさん植林されている杉の木だと聞き、さらにわかりませんでした。

今迄の一般的な常識ですと、植林=木が根をはることにより山全体を保水し、環境保全になり土砂災害を防ぐと教えられてきました。そういって植林は推奨されてきたはずなのに、なぜなのだろう?

植林政策の失敗や人災の部分も多いという声もあがっていたが何故?

分からないことだらけでネットで調べてみたところ、植林された杉がさし木で育てられたことが最大の原因だと書かれていました。
平野虎丸さんという熊本でトラスト運動をしている方の意見によると、挿し木は主根、本当の根がなく深く根をはっていかない特徴があるそうです。そしてさし木で成長した木は、生涯、枝の性質を持ち続け、太陽を求めてすぐに上や横に伸びるが何十年経っても根を深く張ることなく、一生浅い根のままで終るそうです。

これが杉の木が根こそぎ、流された理由だそうです。

このようにさし樹で成長した浅い根の杉がたくさん、場所によっては山全体に植林されており、特に川の上流や沢や川に近い急斜面では地滑りをおこし、杉の木が川になだれ込み、流木となって重なり合い川を塞き止め、「流木洪水」と言われる今回の洪水の被害を拡大したとのことでした。
杉の木も種子から育っていれば5メートルと深く根が伸びるそうです。

戦後、国の政策で日本全国でたくさん植林されてきたので、大雨が降れば九州のみならず植林された杉の多い地域で同じような被害が起きる可能性があるということです。ちなみに日本全国で土砂災害の危険性のある区域は67万区域あると政府公報が発表しています。https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201106/2.html
 
今回の災害の原因などの背景にはこういうことがあったということです。
 
また、杉の木の話から信仰も同じようなものだと思いました。
「挿し木のような成長で何かことあると流されてしまうような者ではなく、固い固い外皮を自らの力で打ち破ること。ダルマにより静かに自分の中の魂という種子(真我)が発芽し、愛と真理という至福の主根をしっかりと深く深く根ざし、暗闇から光りへと向かって、神の中へ細く長い道のりを勇気と忍耐をもって成長し続けていく。」この様に信仰心が育ち、霊的成長へといたるイメージと重なりました。

次に、今回のセヴァに参加した動機ですが、今年の夏に阿蘇に行き、初めて1年前の阿蘇の大地震の災害の爪痕を自分の目で見る機会がありました。そのため、今回の豪雨災害では何かセヴァができたらなぁ・・・と思っていたところ、第三回目になって参加することができました。

性別、年齢問わずに活動できるセヴァですので、お時間と熱い気持ちと基礎体力があればどなたでも参加が可能と思います。

まだまだ、復興迄には長い道のりと時間がかかるのは確かですので、いつかまた行く機会があれば、SSIOJのメンバーとともに行きたいと思っています。

最後に被災地域の復興と被災された方々が少しでも早く以前の生活に戻られ、安寧に暮せますこと。亡くなられた方々のご冥福、ご遺族の心の平安を改めて願い、祈りを込めてご報告を終らせていただきます。

※SSIOJでは、その後も福岡グループが中心となってセヴァを行ってきましたが、朝倉市災害ボランティアセンターが閉鎖となったため、復興セヴァは一旦休止しています。
尚、被災地では現在も一部の市ボランティアセンター及び、他団体でのボランティア活動が行われていますので、参考までに以下にご紹介いたします。

東峰村ボランティアセンター
朝倉市災害ボランティアセンターに掲載されている「JA筑前あさくら農業ボランティアセンター
日田市災害ボランティアセンターに掲載されている「ひちくボランティアセンター

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ
すべての世界のすべてのものが幸せになりますように
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SSIOJ奉仕部
・お問い合わせ:
saihelp@sathyasai.or.jp
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