2026年9月11日金曜日

千葉県での豪雨災害復旧支援セヴァ5(大網白里市)

OM SRI SAI RAM

今夏全国各地での豪雨や地震により被災された皆さま、ご家族、ご関係者の皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

「令和8年8月千葉豪雨」により被災した大網白里市へ復旧支援セヴァへ行ったメンバーの報告で、5回目の報告が来ましたので、合わせて以下にお知らせいたします。

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オーム シュリ サイラム

9/9(水)に大網白里市の災害ボランティアセンターへ、災害復旧支援セヴァへ行ってきましたので、ご報告いたします。

前回セヴァの時に、被害の大きかった南玉という場所へお庭の泥の掻き出しに行ったと報告しましたが、今日参加したボランティアは、全員(25名位)その南玉へ行くことになりました。
3チームに分かれて各被災者宅に向かいました。

私の入ったチームは4名で、スワミの采配か、前回側溝の泥かきをして、これで本当に大丈夫か?(一部の側溝は、仮の側溝の道を庭の土を掘って作り上げて宅外に排水する形だったので、うまく機能するか心配でした)今回その答え合わせを聞くことができました。
話しを聞くと、調度ニュースにもなった、9/6日(日)から7日(月)にかけて再び降り注いだ大雨は、側溝の泥を出してくれたおかげで宅内は濡れずに済んだが、それでもお庭は一部浸水したので、仮に作った側溝の道をもう少し大きく広げてほしいとのご依頼でした。
その為、午前中は本道の側溝に入った泥を出して、その後に仮の側溝の道を広く深く広げる作業を行いました。

昼食は、近くの民家内に設けてある仮設の休憩所に皆で集まってとりました。
今回は、レスキューのプロの若者たちが仕事の休暇の日に来てくれて、もう明らかに一般の私たちとは雰囲気が違っていたので、何も言わなくても(消防や警察等の)プロの方ですよね? と分かるオーラを放っていました。
私たち4人チームの中に、大学の先生とその先生がボランティア参加を募集して、応募してきた学生が1名参加していましたが、お昼休憩の時に、早速そのレスキューの人たちと集合写真を撮っていました。
そう言えば、前回ボランティアの時に、秋田県から車中泊をしながら、はるばる自家用車で参加してきた70代のお爺さんと、30代に見える若者(秋田から別々に参加)が来ていましたが、被災地ボランティアには、本当に様々な方が参加されていると感心しました。

午後からは、自宅玄関に溜まっている泥の撤去へ行きました。
ここでは、泥かきをしながら、被災者のおばさんとご自宅や地域での思い出話しに花を咲かせて、沢山おしゃべりをしながらボランティアをしました。この地域は夏の夜になると沢山ホタルが飛ぶんだよと教えられて、学生の子はその話と美しい田園風景にとても感動していました。

被災者であるおばさんも、嬉しそうにお話しをされていたので、こういった会話をするだけでも立派なボランティアになるのだろうなと、改めて大切な人生の学び(経験)になりました。

挨拶をして、次のお宅に向かうと、そこにボランティアが全員集合していました。
広いお庭に大量の土砂が流れ込んで、それを全員で撤去する作業でしたが、合流すると、レスキューグループのリーダーの人が、皆に、「よし、あと30分2本行くので、最後までみんな頑張ろう!」と言っていて、私の横にいた70代のお爺さんが「まるで学校の部活みたいだね~」と笑っていました。
撤去した土砂はご自宅横の空き地? に集められて、最後にブルーシートがかけられましたが、この様な仮置き場の山が、南玉のいたるところに設置してあり、流入した土砂の量がいかに多かったことかを思い知らされました。

このご自宅は、まだまだ土砂が残っているので、後日の継続支援となりました。
ボランティア終了時刻調度に、雨が降り出したので、ナーラーヤナセヴァでも度々起こる絶妙なタイミングの出来事に、スワミの恩寵と導きを感じ、心の中で感謝を捧げました。

被災地でありながら、時々聞こえるボランティアの若者たちの笑い声と、被災者の方たちの笑顔と悲観的にならない姿勢、淡々と日常生活と復旧作業をされるその姿に、言いようのない内なる輝きと、未来への決して絶えることのない光明を見いだせた大切な一日となりました。

今年は全国・全世界で自然災害が多発していますが、
皆様も、自分にできる支援を神様への祈りとともに、一つでも二つでも共に捧げていきましょう。

みんな幸せになりますように
ジェイ サイラム

サティヤ サイババの御言葉です。
『ヴィヤーサ仙は、この技能(規律の知識を持ち、規律を実践していれば、神に帰融すること)は自分には手の届かないものだと感じている人々に希望を与えることを語っています。ヴィヤーサ仙はこう明言しました。
「私が十八巻におよぶ膨大なプラーナで教えようとしたすべての要点を、半句で語ろう。聞くがよい! 他者への奉仕は功徳の行為であり、他者に害を及ぼすことは罪である」
このことを信じて、もしあなたが誠実に、ためらうことなく、絶えず、喜んで、愛を込めて、自分の技能と力のすべてを他者への奉仕に捧げれば、神は徐々に和らいで動き、恩寵を携えて、自らあなたの中に、あなたの前に現れるでしょう』

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ
すべての世界のすべてのものが幸せになりますように────────────────────────────────
SSOJ奉仕チーム

2026年9月7日月曜日

千葉県での豪雨災害復旧支援セヴァ3~4(大網白里市)

OM SRI SAI RAM

今夏全国各地での豪雨や地震により被災された皆さま、ご家族、ご関係者の皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

「令和8年8月千葉豪雨」により被災した大網白里市へ復旧支援セヴァへ行ったメンバーの報告で、3回目と4回目の報告が来ましたので、合わせて以下にお知らせいたします。

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オーム シュリ サイラム

9/1(火)と9/4(金)に大網白里市の災害ボランティアセンターへ、災害復旧支援セヴァへ行ってきましたので、ご報告いたします。

今週は、東京も千葉も最高気温30度以下の日が続いていた為、猛暑の心配なく安心してセヴァに参加することができました。

ボランティアセンター立ち上げ当初は、参加者は平日でも50名前後いて、だんだんと40名前後になり、現在は30名前後の参加者になってきています。(土日は70名~100名くらいの参加者がいるようです)
しかし、ボランティアセンターへの被災者からの支援要請は続いているため、ボランティアはまだまだ必要と感じました。

9/1(火)に行った時には、大網駅前のロータリーの地面の残砂が綺麗に洗浄されていたり、改札外の止まっていた自販機が復活していたりと、小さな変化ですが、少しずつ復興している姿に、嬉しくなりました。

ボランティアセンターへ着くと、受付のおばちゃんが、「あら~!いつもありがとう」と挨拶してくれて、最初の説明会も(同じ内容の為か)省略して直ぐに2階のボランティア待機室に案内されました。

9/1(火)
1件目に行ったお宅は、70代のお婆さんの一人暮らしの方で、今年、夫が亡くなられて、その後の自宅の床上浸水で、災難続きの状況でしたが、支援中にボランティアの人たちが話しかけると、明るく話してくださり、その気丈さに驚かされました。
また、旦那さんは総理大臣賞を受賞したこともある水墨画家だったらしく、その日本の美と深みある水墨画を思い出とともに見せてくれました。
支援内容は、濡れた床を乾かすために、大型家具や冷蔵庫を持ち上げて、その下に棒の板切れを入れて、風の通る空間を作るというものでした。(床と家具に空間ができれば、床も家具の底も乾きやすくなるため)
自家製のどくだみ茶をいただきながら、お婆さんと会話をしつつ、皆で支援をしました。

2件目は、前回も行った被災ごみの集積所での、車やトラックからの積み下ろしボランティアで、前回の炎天下と違い、今日は曇りで気温も高くなかったため、さほど大変ではありませんでした。
しかし、食器や陶器が集められたコーナーがあり、それを最終処分場に持って行くために、大型の荷台の中に投げて割って入れていく作業がありましたが、これらの一つ一つは被災者の方々の思い出の品であり、それを(運びやすくするためとは言え)すべて割ることで、私の心も粉々に砕け散る思いでした。しかし、これが今私に課されたダルマだと思い、心を強く保ちながら作業をする場面もありました。
今日、集積所で一緒にボランティアをした人は、一人は70代、もう一人は60代のお爺さんの方々で、皆さん本当にお元気で、この様な状況でも悲観的にならず、とても前向きにボランティアをされている姿に、とても励まされました。

9/4(金)
この日の1件目は、床上浸水したお宅で、濡れて使えなくなった家具や家電製品をトラックに載せて集積所に運ぶというものでした。ご自宅の車も浸水して使えなくなったので、家具等を運ぶことができず、ボラセンに依頼されたものでした。

2件目は、ニュースでもその被害の大きさで有名だった、南玉という場所で、主に農家の方々の家が9件ほど浸水被害とJRの線路からの土砂崩れの影響で大きな被害を受けた地域で、そこの泥の掻き出し作業をするボランティアでした。
畑には、たわわに実ったお米の苗が、水害と土砂災害でなぎ倒されている場所があり、1年間の苦労もたった1度の災害で無になるのかと思うと、いたたまれない気持ちでした。

今日私たちが伺ったご自宅は、築250年のお家の農家のご自宅で、JRの高いところにある線路からの土砂崩れの影響からか、庭や畑に流れてきた土砂に沢山の石が混ざっていました。その影響で、お庭の側溝がすべて泥で埋まってしまったので、排水がうまくできず、再度雨が降ると、また直ぐに水害が発生してしまうような状況だったので、その側溝の泥を掻き出していく作業をずっと続けました。

この南玉という場所は、土砂災害を出したJR、行政が手配したそれぞれの工事業者、被災者とボラセンから派遣されたボランティアという四者が主に復旧作業に当たっています。
ボランティアも土日は、60人とか80人の人たちが入って、泥かき作業を継続しているそうですが、一向に終わる気配がない現場で、まだまだ人は必要ですが、時間の経過とともに少しずつ世間の関心は薄れていくので、参加するボランティアの人数も減ってきているのが現状です。
今日の作業終了後に、被災者のお婆さんやその息子さんと思われる方たちに、何度も何度もお礼を言われましたが、まだ側溝の泥かきは完全に終わったわけではなかったので(翌日以降も継続支援)、その前に再び雨の被害が出ないことを願うばかりでした。

この泥かきボランティアには、20代の男女から現役世代の方たち、70代のお爺さんまで、幅広い年代の方々が参加していました。あらゆる年代の人たちが、心ひとつに協力して働くその姿には、困難な時代の中にも一筋の光明が見いだせる一日となりました。

みんな幸せになりますように

ジェイ サイラム

サティヤ サイババの御言葉です。
『将来は、何人かの人が役員、それ以外の人が一般の会員として働く代わりに、すべての人が「兄弟」または仲間のワーカーとして、平等に扱われるほうが良いでしょう。相互愛が奨励されなければなりません。多様性の根底に横たわる一体性を、世間に実証しなければなりません。全員が共に調和して働き、共に活動し、共に進み、共に成長し、周知の事柄や体験をすべての人と分かち合うべきです』
サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ
すべての世界のすべてのものが幸せになりますように────────────────────────────────
SSOJ奉仕チーム

2026年9月2日水曜日

千葉県での豪雨災害復旧支援セヴァ2(大網白里市)

OM SRI SAI RAM

今夏全国各地での豪雨や地震により被災された皆さま、ご家族、ご関係者の皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。

「令和8年8月千葉豪雨」により被災した大網白里市へ復旧支援セヴァへ行ったメンバーの報告を先週投稿しましたが、その2回目の報告が来ましたので、以下にお知らせいたします。

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オーム シュリ サイラム

この度、8/25(火)に大網白里市のボランティアセンターへ、2回目の災害復旧支援セヴァへ行ってきましたので、ご報告いたします。

この日は、先週から続く連日の猛暑で、また前日は東京も最高気温37度超えの特に暑い一日だったため、熱帯夜の中、心身の疲れが取れず心配なまま家を出発しました。
そのため、往きの電車内で仮眠をとって目覚めた後に、車内でそのまま深い深呼吸を繰り返しながら全身が光で満たされる光明瞑想を行うと、心身が癒されて回復することができたので、安心してボランティアセンターへ向かうことができました。

前回行った時には電車は一部不通で、遠回りをして大網駅へ行かなければいけませんでした。しかし、この日は完全復旧していて、スムーズに大網駅へ到着することができ、電車の復旧に尽力された皆さまに感謝しました。

駅に隣接してあった商業施設の大網パブリコ(前回は全店閉店復旧準備中でした)ですが、この日は無事復活したようで、しっかりと営業再開していました。

ボランティアセンターには10時過ぎに到着し、いつもながら元気な挨拶と笑顔でスタッフの方々にお迎えいただきました。
※被災者宅等の写真は許可がない限りは撮影不可の為、以下写真未掲載となります。

2階のボランティア控室兼、休憩室へ行くと、数名のボランティアの方が行き先を決めるために待機していました。
10分後くらいに、(個人宅からではなく)行政からの被災ごみ一時集積所への派遣要請が来ました。スタッフの人から、そこでの作業は個人宅での作業より、一部危険が伴うことや推奨する装備の説明がありました。
しかし推奨する装備をすべて持っているボラはいなく(皮手袋と安全靴等)、その内容や他の不明点について説明を求めると、スタッフの方も把握していない部分もあり、今後の為に、私を含めた3名の派遣ボラと一緒に、スタッフの人たちも現場まで一緒に行って、最終確認をすることになりました。
皮手袋はボラセンでもらうことができたので、持っていないメンバーは貰って出発しました。

集積所へ到着すると、そこは前回トラックに積んだ被災ごみを降ろすところと同じ集積所でした。
現地の責任者とボラセンのスタッフの方が話し合い、ボランティアで派遣されてきた人たちの「出来ることと出来ないこと」を明確にしたうえで、ボランティアがスタートしました。

実際に行なったことは、被災者宅から持ち込まれた被災ごみを、集積所に分別して荷降ろししていくというシンプルな作業でした。
気温35度近い炎天下の中、日陰が一切ない現場だったので、無理のない範囲で各自が自分のペースで休憩を取り(休憩する場所は建物の中にあり、スポットクーラーも設置してあります)、重たいものや釘の出ている板やガラス、スプレー缶等の危険物もあるので、十分注意しながら荷降ろし作業をしました。
現場には、行政の社員、大手小売業から緊急派遣されてきた社員、私たちボランティアスタッフと、結構な人数が集まっていたので、体も気持ちも余裕をもって作業をすることができました。

休憩時間の時に、今日ボラセンから派遣された2名の人たちとお話をしたのですが、一人は20代後半から30代前半くらいの若者と80歳近いお爺さん、40代の私と年代もバラバラなメンバーでしたが、東日本大震災の時に、お爺さんも私も宮城県の被災地に復興ボランティアへ何度も行っていて、若者は当時大学生で、宮城県の学生寮で被災したそうで、ボランティアの人たちに助けられた過去があったそうです。そのため、若者の方から「あの時はありがとうございました」とお礼を言われ、今日、不思議な運命で集められたこのメンバーに、スワミの采配を感じました。
また、当時学生だった彼が、今は立派な社会人となり、今度は被災した人たちを助けに来たことに、とても胸が熱くなりました。

そしてまた、この80歳近いお爺さんは、全国様々な被災地にボランティアへ行っていたそうで、現地のボラセンの運営や立ち上げにも関わっていて、今日は3人の中で、猛暑のなか一番元気にボランティアをされていました。

ボランティアの終了時間である15:30になったため、現地スタッフの方たちに挨拶をして、ボランティアセンターへ戻りました。

怪我や熱中症になることもなく、心身に余裕をもってセヴァできたことに、スワミに感謝しつつ、帰路につきました。

みんな幸せになりますように

ジェイ サイラム

サティヤ サイババの御言葉です。
『神への信愛を養うためには、つねに善い仲間と交わるよう務め、ナーマスマラナ〔神の御名を唱えること〕をしなさい。この村にはいくつかの寺院がありますが、それらを活気のある、活き活きとしたものにしなさい。そこに毎日一時間集まって、バジャンを歌いなさい。なぜ、人の悪口を言って、時間を無駄にすること、あるいは時間を汚すことまでしているのですか? 目と、手と、鼻と、胃は、互いに形が異なっており、それぞれが固有の役目を果たし、それぞれに特有の名前と機能があります。しかし、それらの器官は皆、自分が属している一つの身体の要求に応じて働いており、互いに相反する目的のために働くことなどありませんね? 同様に、あなた方一人ひとりは、村と呼ばれる身体の一つの部分なのです。一言の不平も言わずに自分の仕事をし、すべての人と全面的に協力し合って仕事をしなさい。そうして初めて、村民は健康に、幸せになるでしょう。
愛――愛だけが、他の人々とあなたを、そして、まさしく愛の化身である神とあなたを、結び付けることができるのです』

サマスタ ローカー(ハ) スキノー バヴァントゥ
すべての世界のすべてのものが幸せになりますように────────────────────────────────
SSOJ奉仕チーム